猫ファミリーと桐芸はんどめいど
『 会 津 桐 』 という名を持つ高級桐材!! 木目・優しさ・温かみに魅せられて・・・・・
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2010/05/18(火) 23:46:31

16日の月と金星・・・

月を見上げたら珍しい光景だったので撮ってみました!!


月と金星

月と金星

月と金星


デジカメで撮ったのですが・・・・・

シャッタースピードが遅くて手ぶれをおこしてしまいました。

翌日の新聞には、3年に1度!?と載っていましたが

私は今回初めて目にした気がします。

月と金星だそうです。

月の影部分もうっすら見えてるのは・・・・・

なんと太陽の光が地球から反射して見えてるとのことでした。

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                          画像拡大

昔の花嫁の受け取り渡し
 場所の目印 峠の‘ 大 ナラの木 ’


                  峠の大ナラ 地図情報


私たちの年代は、今から25~30年ほど前までは結婚するとき婚礼タンスをセットで

(着物を入れる和タンスと整理タンスと洋服タンスの3点セット)ほかに着物・ドレッサー(鏡台)・

アイロンセットに裁縫道具・組布団(2人用2組)・・・その頃高価だったミシンや電子レンジなどを

嫁ぎ先に車で運び持参して行ったものです。

今では住宅事情もありこのような風習も悲しいかな無くなってきたのです。


写真の‘花嫁の受け取り渡し’とは、我々の時代よりもっと昔は大八車

(時代によってはリヤカーかも!?)

お嫁さんの嫁ぎ先に近所の人たちや親戚でお嫁入り道具を運んで行ったのです。

(山の方の道の悪い峠などは、もしかすると背中や肩で担いで行ったことでしょう)


そして、お嫁さんの来てもらう方は近所の人や親せきと一緒に花嫁さんとお嫁入り道具を受け取りに

指定場所(ここの場合は、この‘花嫁受け取り渡し’の峠の大ナラの木)に迎えにいくのです。

責任重大な仕事です!!

お互いのほぼ中間地点場所が受け渡しの場所で両者の人々が酒盛りをして受け渡したという話も

聞いたことがあります。


その酒盛りではわざと無理な事を言ったりして相手の出かたによっては花嫁を渡せないとか

無理なことを言う人もいたそうです!

受け取り側ではなんとか花嫁を連れて帰らなければならないので大変なことも多かったようです。

たぶんご愛嬌を含めてのことだったのでしょうが・・・。


私の時代には経験がないのでなんとも想像もつかないお話なのですが・・・・

いろいろあったこともおじいちゃんたちに若い頃に話を聞いたことがありました。



相手の顔も見たこと無くてお嫁入りした娘さんも多かった時代なのでしょう。

今考えると昔の人たちは大変な時代を生きてきたのですネ!!



 画像拡大


 画像拡大


 画像拡大



現在の道路はアスファルトで車も通れますが、昔は‘がまん坂’を登って

‘花嫁の受け渡し’場所に行ったのでしょう。


 

                 奇妙な流木!?  画像拡大

あなたは何に見えますか・・・?

画像拡大

ルアーフィッシングで始めて入った渓流で、ここは他の渓流とは違い大石ではなく大岩が

点在している所であまり見かけない光景でした。

そのなかで一際目に付いた流木がこの画像ですが・・・・・

大岩に挟まって何かがこちらを見ているように見えたので写真に収めました。

画像を拡大して見てください。

あなたなら何に見えるでしょうか




   桐工芸 翡カワセミ翠        渓流ガイド


 
2009/09/14(月) 09:27:03

山で葉っぱに・・・宝石!?

山間部の道路で
   宝石のようなものがついてる
            葉っぱを見つけました。



    画像クリック拡大

               葉っぱの中心にこんなものが付いてます。

    画像クリック拡大

               よく見ると赤っぽいのは完熟しているのか?  まるで宝石の珠のようです。

    画像クリック拡大

              まだ、白っぽいのもあります。    これから完熟していくのでしょうか?

    画像クリック拡大

               この木をよく見てみると葉っぱ全部についてるのではありません。

               そして先端を見てみると‘どんぐり’のようなのが付いてます。


               この木は ‘ コナラ ’ でしょうか!?

 
2009/07/09(木) 16:12:13

これは地震雲!?


前にも同じ方向に縦にのびる雲を見た!!



これは!!地震雲!?

この山は会津盆地の西にあたる明神ヶ岳(標高 1.074 M)という山です。

会津美里町では毎年に山開きをしている山です。

会津美里町には伊佐須美神社‘奥州二の宮’という神社がありますが・・・

この明神ヶ岳から降りて旧会津高田町に鎮座したと言われております。


何年か前にも気になる縦に伸びた雲を見たときがありました。

そのときもおかしな雲だな~と思い携帯カメラで収めました。

ちょうどその頃だと思うのですが、新潟中越地震があったような気がします。

でもたんなる勘違いか!?私の思い込みなのか?


今回で2回目!!この雲が出ている時には他には雲一つ無い日なのです。

この雲だけしか無いので気になりました。


もしかして、これが地震雲・・・・・!?


写真を撮ったのは7月6日 午後の5:50分頃でした。

すごく気になったのでインターネットの気象庁地震情報で調べてみたところ


7月6日 午後5:05分に 
   震源地 福島県桧枝岐村上河原で 
       震度 1 の地震があったようです。



偶然だと思いますが・・・!?


ただ雲一つ無い日にどうして珍しい縦に伸びた雲があるのかを別の角度で

考えてみました。

雲のある方向を考え、地図で方向を見てみると山の向こうに直線で16キロ先には

柳津町西山温泉地区がありそこには‘柳津西山地熱発電所’がある方向と

同じなのです。

滝谷川によく釣りにいくと時々地熱発電所の湯煙り(蒸気)が

立ち上っているのを見かけます。

結論としては地震雲ではなくてここの蒸気かもしれないということです。

気象の原因か湿度・温度・風などの影響でまれに上空高く蒸気が

上がるようなことがあっても不自然ではないように感じたからです。

 
只見川沿いの国道252号線金山町には
交通安全祈願の観音様が見守っています。

いつ頃だったか?わたしはよく只見町の只見川本流にミノーイングに出かけていました。

ある日の釣りの帰り道に辺りに何も無いこんな場所に2人の男性が立って話をしていたことがあり、

こんな所で何をしているんだろう?と思った記憶があります。

それから、間も無くしてこの観音様が出来ておりました。




この場所にはもともとは何も無くガードレールと左の電柱のみしかありませんでしたが、

観音様が建ったのはこのガードレールと電柱の間をすり抜け只見川に車が落ちて

運転していた人が亡くなった事故でした。

その当時は手前の赤いラインのあるのと一番手前のガードレールは無くてもともと道路沿いにある

ガードレールと電柱の間隔は車が通れたの・・・!?と思うほど狭い隙間なのです。




私も只見町方面に釣りに出かけた時必ずここを通ります。

ここは少し右カーブになっているのですが私も錯覚でカーブの途中から右に道路が続いているのに

まっすぐのちょうどこの隙間に道路が続いているように見えて危ない経験を何度かした

記憶があります。

もともと危ない場所だったのかとおもいます。




今回始めて観音様の後ろに回り見たら文字が彫られてありましたのでご紹介いたします。

今日、あなたのことを見ているのは、だれかな?
「よしみ先生?」
そうだね、よしみ先生が空からみんなのこと
を見たくて、雲を全部とっぱらったんだと思うよ。
          
          平成九年度只見小通信より


このような内容が小学生本人の筆跡で彫られてありました。

‘よしみ先生’は只見小学校の先生だったんでしょうね・・・

ご冥福をお祈りいたします。

生徒さんたちを空から見守ってあげてください・・・

 

昭和四十九年三月七日
       国道252号線三島町地区の惨劇!!


               

国道252号線を走っていると三島町地内で観音様と石碑と観光案内のある場所がある。

私の若い頃には奥の只見町にある田子倉ダムが有名でよく観光客も多く行ってたものである。

私もその一人です。

いつだったか観音様ができたな~くらいにしか思っていませんでしたが今回只見川の

取材をして車を止めて始めてみてみましたので皆さんにもお知らせしようとブログに載せました。


               

石碑表には供養碑と彫られていて裏に廻り読んだ文章を紹介します。


冷雨降りしきる昭和四十九年三月七日此の地(国道252号線三島町名入地内)に
土砂崩落発生ブロック積の擁癖を押し倒し折から走行中のマイクロバスを圧し潰し
乗車中の上記入名の尊い生命を瞬時にして奪うその惨状は正視するにしのびず
只々慟哭あるのみ犠牲者の冥福を祈りその霊の永えに安穏たらんことを希い
昭和村金山町三島町より浄財の寄託を享けて此の碑を建てる

        昭和五十一年八月

    建立者  三島事故供養碑建立期成同盟会

   犠牲となられました皆様のご冥福をお祈りいたします。         合掌


       

皆様もここを通る機会がありましたらご冥福をお祈り頂ければ幸いに存じます。


       

最後にここから見える只見川の宮下ダムのようすです。

では、また会津の河川情報もお楽しみに・・・・・!!


 
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